ブロンズ色の蝦

食堂の南窓は、庭へ降りる大きな窓だ。庭には青々とした芝生が敷き詰められている。ある日、夜になり雨戸を閉めるため南窓を開けると、月明かりの芝生の上にブロンズ色の大きな蝦が居て、何やら私に念を押している。どうやら彼と何か約束をかわしていたようだ、それが何だったのか思い出せないが。

彼の事も、彼との約束も思い出せないまま、私は返事もせずに雨戸を閉める。くっきりとした満月に照らし出された、ビー玉のような彼の目が、私に何か語りかけている。
私は雨戸を閉め終わり、戸締りが気になったため玄関に移動する。「あゝ、鍵がかかってないじゃない」と独り言を言い、鍵を閉めるついでに何の気なしに玄関を開けてみる。

すると、彼、つまりブロンズ色の蝦が既に玄関先に居て、相変わらずビー玉のような無表情な目で私を見つめている。「わかったな?」と言われたが私は相変わらず彼との約束が何だったのか思い出せない。考え込んでいると、彼は蝦ならではの無表情ながら少し苛立った様子で「いいな?」と念を押してくる。

何の事かさっぱりわからない私は、これ以上このような海産物もどき(だって、姿形は蝦だけれど、こんな色をしていて海に居ず、人の家の庭先に現れる蝦なんて見た事も聞いた事もなかったから)にいつまでも付きまとわれるのもかなわないと思い、「はいはい」と気のない返事を返す。