森を抜けるとそこは
贔屓にしてるバンドがちょっと変わった場所で行われるイベントに出演するというので、そのバンドを教えてくれたバンドマンの彼とふたりでお出かけ。電車をいくつか乗り継いで、けっこうな田舎にやって来た。
しばらく歩き森の一本道に入ると彼は私の背中に張りついて、私が照れながら「あー、ちょっと楽しようとしてるでしょー」って言ったら「んー?ふふふー」ととても柔らかい顔で笑っていた。森を横切る小川にかかる橋の上で彼は私の背中から離れ、肩に手をかけて私を後ろ向き、つまり彼のほうを向かせた。相変わらず柔らかな笑顔を浮かべるだけで何も話さない彼に見つめられ、恥ずかしくも幸せで「ね、○○(観たいバンドのメンバーの名前、なんだけど何て名前だったかは思い出せない)のバンド始まっちゃうよ?」と声をかけたら、今度は私の手を引いて前を歩き出した。
森を抜けたら日の光いっぱいの気持ちいい草原のまんなかに、ちいさな小学校の木造校舎みたいな建物が建っていて、そこが今日のイベント会場だ。中に入るといくつかの小部屋があり、それぞれの部屋でいくつものバンドがライヴをしていくというスタイル。
受け付けを済ませタイムテーブルを確認したら、目当てのバンドの出番はまだだいぶ後だった。彼はというと先に着いていたバンド仲間とちょっと込み入ってそうな話をしていたので「お酒買ってくるねー」と声をかけ、会場図を見ながらドリンクを販売している場所へひとりで向かった。
まさに演奏が始まろうとしているある部屋を横切って奥の扉へ向かうと、係員とおぼしきパーカーの男性がにっこり笑って扉を開け、私を中へ導き閉めてくれた。長い板張りの廊下をしばらく真っ直ぐ進むと、そこからはすべり台になっていた。けっこうな高さと距離のある黒いすべり台を、その時は(これ、飲み物を買った後どうやって戻ればいいんだろう?)なんてまったく考えずに滑り降りる。
終着点には降りてきたお客さんを抱きとめる係であろう眼鏡のおじさんが、すべり台のほうを向き腕を前に伸ばし仁王立ちしていた。私はあまりスピードが出るのが怖かったので、足先で滑り降りる速度をコントロールしていて、終着点でピタッと止まったため、おじさんの手を煩わせることはなかったけれど、与えられた仕事をスカされたおじさんはちょっと寂しそうだった。すごく真面目そうな、事務員が着るような紺色の作業ジャンパーを着ていたおじさんは、それでも私に笑顔を見せて道を空けてくれた。
ガラスのはまった木の引き戸をガラガラと開くと、いっぱいの窓から日の差し込むサンルームのような部屋だった。
(地上から滑り降りてきたのに何故?とは、その時は思いませんでした)
窓を背にして、文化祭や縁日の時のような、水を張った中にたくさんの飲み物が冷やされている大きなケースがいくつも並んでいて、とてもたくさんのお客さんが見込まれるイベントなんだろうなと思った。ケースの前を順番に見ながら「どれにしようかな」と考えている私を、ケースの後ろに立っていた売り子さんたちはずっとニコニコしていて、部屋の中は日差しで満たされていて、あーここで彼と一緒にビール呑んだらきっと素敵だなぁ…と思い、冷たい水に浸かっているビールに手を伸ばした。
…ここで目が覚めたので、結局彼とビールは呑めなかったし、目当てのバンドも観れなかったのです。