火サスみたいな駄ユメ
Hと私は恋人同士。ただHには嫁が居て、Hは別れたがっているのだけれど。いつも私たちはHの嫁の目を盗んでは束の間の逢瀬。Hの嫁が飼っている山羊が繋がれている納屋でも密会をしたりもしていた。
ある日、Hの嫁が何かの理由で数日家を空けることになったという。Hと私は密かに喜び合う。
土間と地続きの台所、上がると4畳半に炬燵の茶の間。そんなような純然たる古民家で、Hと私は落ち合った。
# なお現実世界のHさんには奥様はいらっしゃいません。
薄暗い古民家の中で明かりも点けず、時間を気にせずに炬燵の中で愛し合うHと私(何故 笑)
いつもよりたくさん一緒に居られる。抱き合って眠ることも出来る。
ところが、Hの嫁が家を空けるというのは、彼女がHの浮気現場を押さえるために油断させる口実だった。ふたりの関係は嫁に知られていないと思い込んでいたが、実はかなり前からバレていた。何故なら、Hの嫁が飼っている山羊は人間の言葉を解し喋る山羊だったから(だから何故…笑)
飼い主に忠実な家畜は、納屋で見てきたことを逐一Hの嫁に報告していたのだ。
そうと知らず、炬燵の中で抱き合ったままそろそろ眠りにつこうとまどろんでいた私たち。Hが突然起き上がり、低い声で私に「とりあえずこれ着てそっち側で寝ろ、頭まで布団被って」と耳打ちをした。
果たしてHの嫁が、この小屋へやってきた。コートにハイヒールのまま、土間から部屋の様子を窺っている。炬燵の中のふたりは、息を殺し寝たふりをする。不自然に盛り上がった炬燵布団に隠れている私に気付き、彼女はヒールのまま私の頭を蹴り上げた。
私はそれでも寝たふりを続ける。
最初は現場を押さえるだけのつもりだった嫁は、恐らくそんな私に苛ついたのであろう。土間の台所から包丁を探し出してきたようだ。布団を被っているので見えてはいないが、そんな気配を感じた。さすがにHが飛び起きて、嫁を止めるべく土間へ向かった。
私はそれでも寝たふりを続ける。
だって、Hから渡された服がボーダー柄の胸にチューリップのアップリケの縫い付けられた、如何にも女性物の寝巻きといったものだったので、それでその場に出て行ったらHの嫁がますます激昂するであろうと思ったから。
炬燵布団の中で感じる気配。土間のほうから口穢く声高に罵る女の声、しどろもどろになりながらも説き伏せようとする男の声。揉み合う音。
そんなのがしばらく続いた後、ぼろ雑巾を裂いたような悲鳴とも呻き声ともつかないような…声?
『一体、何が起きたんだろう?』
私は恐る恐る炬燵布団から顔を覗かせてみる。外はもう明るくなりかけていて、小屋の中は物音ひとつしない。土間のほうへ行ってみようかとした矢先に続き間の襖が開き、Hの友人たちが数人入ってきた。まるで刑事ドラマのオープニングのよう。いや、実際彼らは警察関係者…?(夢の中での配役は、です)
その中のひとり、長い髪を後ろで束ねた大きな男が私に言った。
「もう全て片付いてしまったよ…君には何の咎もないとは思うが、念のためしばらく身を隠しておくと良い」
咄嗟に土間を覗き込んだが、Hの姿も嫁の姿もない。彼らはどうしたの?どうなったの?Hの友人たちに尋ねようとしたが、彼らは先に話したこと以外は一切言わず、とにかく身を隠しておけと強調して去っていった(というか結局口を開いたのはあの長髪の男だけだった。後の人たちは何をしに出て来たんだろ?)
『身を隠せと言われても…今日は月曜日だし、仕事に行かないと。』そう思いながら着替えを探していると、土間にHの嫁の山羊が置き去りにされているのに気付いた。
『これのせいで何もかもわけのわからないことになってしまった。恋人との時間は台無しになってしまった。』山羊を何とかしなくては、と近付くと彼(と思っても良いだろう、人と会話が出来るのだから)は、突如鮫のような鋭い歯がいっぱいに生えた口を大きく開き、私を噛み殺そうとした。山羊に鮫の歯?と一瞬何が起きているのかわからないながらも『彼にしてみれば飼い主のHの嫁がどうにかなってしまったのでは死活問題だものね、Hや私を恨んでいるのも道理か』と理解し、ただ私も不倫の果て(世間はそうとしか見ないから)に山羊に噛み殺されるのではかなわないと抵抗し、揉み合っているところで目が覚めた。
起きた後残っていたのは、Hの嫁に蹴り上げられたおでこの痛みだけで、決して山羊との格闘の感触ではなかった…のが、とっても不思議だった。